「愚妻論争」から見えてくる、ライターに本当に必要な資質と辛坊治郎の「ドン引き過去発言」
愚妻。ぐさい。ごめんくさい。トイレくさい。これまた消臭当番~
ぷんぷんの皆様、1週間ぶりのご無沙汰。チャーリー浜ではありません。おこりんぼコンシェルジュの西澤です。ここ最近毎日絶望と怒髪がドトールのミルクレープくらい重なり合っております。みんなは大丈夫? 疲れてないですか? あなたの心が一番大事なので、疲弊したら怒るのも一時停止しておいしいミルクレープでも召し上がってパワーチャージしてもろて。代わりに私が天突いときます。
少し前にツイッターを賑わせていた「愚妻問題」、ご存知でしょうか。ことの発端はとあるライターさんの「さっきラジオで辛坊治郎が妻を「愚妻」といっていてすごくいやだった。イカダで海に流されてほしい」というツイート(現在削除されています)。代表作ズームイン朝のプロ野球イレコミ情報阪神タイガース担当の辛坊治郎がそんなことを。
こちらのツイートに対し、「ほんとにイカダで流されてほしさしかない」という共感の一方で、「愚妻というのは“愚かな私、の妻”という意味なので、妻を愚弄した言葉ではない!!」「ライターなのにそんなことも知らないのか!!」勢がわらわらと湧き上がりしばし混沌を極めておりました。
「ライターなのにそんなことも知らないのか」は私めちゃめちゃよく言われます。「こんなんでお金もらえるのか」も言われる。そしてこのツイートをしたライターさんは全然そんなことないと思いますが、私の場合は本当にものを知らない。ちょっと前まで「文明の利器」は「文明の力」だと思っていて、なんでそんな竹内力みたいな読ませ方するのかな~とか思ってましたし、「ルサンチマン」は「ルサンチンマン」だと思ってて、学生お笑いの人がノリで思いつきそうなトリオ名だなと思ってた。ルサンですチンですマンです。そんなのでもライターを名乗って仕事をしているので、ライターいろいろ人生いろいろ島倉千代子です。
この「ライターなのにそんなことも知らないのか」勢にとっては、言語学的に「愚妻」が「愚かな私」なのか「愚かな妻」なのかの区別にこそこの論争の正義があると思っているようなのですが、それはなんというか、「カレー味のうんことうんこ味のカレーのどちらに正当性があるか」みたいな話ではないですか。聞く側としてはどっちもやなんですよ。食べたくないですよ。「こちらは自らを下げることで相手を上げる謙譲表現なので、全く問題ございません」と言われても、問題ござるわけです。