「私の正しいババアはいったい何歳なんだ」問題に一瞬にして終止符を打った、50代のあの“痛み”
五十肩になりました。
親愛なるぷんぷんの皆様、ご機嫌いかがですか。皆様、腕は上がりますか。肩は痛みますか。海は死にますか山は死にますか。おこりんぼコンシェルジュの西澤です。
五十肩、医学的には「肩関節周囲炎」。四十肩と五十肩に明確な違いはなく、発症したときの年齢によって呼び名が変わるらしい。当方49歳、ギリ四十肩を名乗ることも許されるわけですが、これは間違いなく五十肩です。
私が40代前半、まだ40代のひよっこだった頃になった「腕が痛くて上がらない」あの症状とは明らかに違うんですよ。なんていうんですか、あの時の四十肩は「オッス!オラ四十肩!これからしばらく腕が後ろに回らなくなるから覚悟してくれよな!」とめちゃめちゃわかりやすく、かつ爽やかにやってきたんですよね。
でも今回の五十肩はそうじゃなかった。いつからきたのか定かではないくらいひっそりと、気づいたら私の肩から三角筋あたりに住み着いていました。そして西陽があたるアパートのベランダでギターを弾きながら「痛い~痛いよ~内側から痛い~」と歌い上げている。四十肩が悟空なら、五十肩は山崎ハコ。
つええ相手に出会ってワクワクするのが悟空、コンコンコンコン釘をさす、わらの人形釘をさすのが山崎ハコです。思えば四十肩、初めて出会った「老い」というラスボスにどこかワクワクし、いつか倒してやる、おれならできるはずと意気込んでいたところもありました。でも今の私は、いつ山崎ハコがコンコンするかわからない恐怖に震えながら、なるべくハコがコンコンしない体勢を学び、上着を羽織るという避けられない動作を行う時はただ目を瞑りコンコンに耐える。
そう、私は老いと静かに同居することを選ばざるを得ないのです。肩関節周囲炎なんて言葉ではとても表せられない、「言うてまだ若いし」という炎を一瞬にして吹き消す諦念の冷や水、それが五十肩なのでした。
なぜ人は「老い」にビビり散らかすのか、最近よく考えます。